昭和40年12月06日 夜の御理解
今日は北野の教会の、40年の記念祭がございました。親先生のお供をしましてから、長男と二人でおかげを頂きました。本当にまあ40年ともなりますと、やっぱりその歴史、四十年のその歴史がやはりものをいう訳でしょうね。教会も立派になっておりましたし、お参りも一杯でございました。もう本当にいわば充実したお祭りでございましたですねえ。本当にお参りさしていただいてから、気持ちのいいお祭りでした。
例によってお説教は鹿児島の、行徳先生でございました。ほんとにあの何時も先生のお話を頂きますと、感じることでございますけれども、本当にこうなんと申しますかね実感的ですね。そして赤裸々ですねお話が。もうこれがやはり魅力です。またそれが伝わるですもんね。私共本当に、今日おかげ頂いて帰りましたが、皆さんもやっぱりそうだっただろうと思います。
もう美しゅう飾ったりね美しゅうそれを話を、如何に例えば言葉巧みに致しましても、成程話が上手であれば、成程その眠りもせずに飽きもせずに聞きますけれども、やはりおかげを頂くためにあの頂くんで御座いますからね、こちらの心の所謂琴線に触れて来るもの、自分の心の中に本当にそうだと共感を呼ぶもの、先生方は矢張り生身先生だってやはり人間それが、金光大神のお取次ぎによって段々信心が進められている。
しかもそれが事あるたびに、節あるたびに成長し、そこからおかげを受けていくという、いわゆる記念祭の節年ですから、その自分の信心の節々をまあお話になりました。そしてまあその丁度もう先生が、三十、四十近くのころでしょうかね、あの鹿児島の市会議員をしておられた時代がありました。それでその時分随分お道の中でも、まあ異端視されたですね。お道の先生が政治に乗り出してというわけで。
けど自分が自分の信念に基づいて、なさった事でありましょうけれども、それがそのたまたま選挙関係に関係いたしまして、私共聞いておりましたです。あの引っ張られてから、あの留置場に連れて行かれなさったと言う様な事をですね。ところがやはりもう言わせて頂くというても、やっぱり十年なり十五年なりしなければ、そのことが生々しい間はなかなか話せるものじゃないですね、実際言うたら。
もうその点まあそうけれども、現在自分がまた四十七、八から現在まで体験しておるそのことは、まあ十年ぐらいしたらまた話せるだろうと言うておられましたが、恐らく話されるでしょうあの先生の事ですから。ね。本当に赤裸々です。それでまあ言うなら十年、十五年も前のお話ですけれども、とても誰でもあんな話はようしきらんですね。ところがそうじゃないですよ。やはりあの監獄に行っておられるです。
留置場から刑務所いわゆる前科が付いたわけなんですよ。その話をもう赤裸々にされるんですねえ。私はもう本当にほとほと感心致しました。そしてですはあこの先生は、金光さんの先生どんしよんなさってから、そげな事してというわけじゃなくてですね、もう本当に共感を呼ぶですね。そこからこのおかげを頂いておられる。もう本当にその留置場から刑務所、そして帰られてから。
してやはりほんなら、鹿児島の先生はそげな人じゃけ、お参りが少なくなったかというと、その年にあの神殿、内殿、外殿が出けたといわれますから。ね。やっぱ神様のご都合であるということ。そう言う様な事でも神様の。そして翻然と悟られたことは、とてもこれは自分が政治になんかにでも乗り出さずにですね、本当に一人一人の難儀な氏子の人のために取次ぎ助かりのことのために自分は精進する以外に無いと言うてその、言う事を悟ったと言うておられますですがね。
まその中を面白可笑しく言うておられますけれども、その笑い話で言うておられることが、私共はもう胸がいっぱいになるほどのお話でございました。それで私は今日感じたんですけれどもね。これは皆さんでも同じです。ましてこれをお取次ぎ願うという事にでもなりましたらです。ね。赤裸々でなからなければ、それが人間に特別のいわば、交流するものがあるようにです、神様とてもやっぱり同じことです。ね。
どうぞ困ったことのございますけん、よろしく御願い致しますだけじゃなくてです。その困った内容をつぶさに赤裸々に、または自分のあらたまらなけねばならない、もう実は先生人にも言われることではありませんけれども、ね。こう言う様なその点、私は本当に商売上の上でもその点おかげを受けておったなあと思うことは、私がこの酒屋をしております時、それからその後のまあ引き上げてから帰ってからのことを、信心は出来ておりませんでしたけれども、実に赤裸々であったと思いますですねえ。
私は酒屋を致しておりますときに、もう椛目の大坪さんとこの酒はですね、夏になったっちゃ悪うならんというのが定評でした。ですからもう損はないわけですね。もう昔のあげ酒屋は悪くなすので、儲かるとは儲かるけれども、悪うなすのでその、いわゆるプラスマイナスになるわけですね。ところが私のほうの酒は悪くならないのですから、腐れ酒を良くすることも知っておりますし。
またはその酒がですね、これから先は悪くならんという方法を、もうそれを十年間もいわば稽古したわけですよ、番頭に行ってからね私は。ですから大坪さんところのはが来ない悪うならんもう来るはずが無い。もう殺してある酒を。酒もあれは生き物です。生きておるからやっぱあれは、悪くなるのです。ところが私はですねもう本当に酒にはね、使うてはならないと。
この頃からあの柿を出荷するのに、渋柿を出荷するのにメチールを漬かって東京に出荷して、それがもうそれが熊本のあそこへ山のように、二山もこずんであったとばい菌もそうとう来とったでしょうけれども、その柿が十も食べたら目が見えなくなると言った様なその柿なんですね。メチルですから。まあ目が見えなくなると言う事はないですけれども、私が使っている薬品は。
もう言うなら食べるものが死ぬと言う様なものでした、本当に。ですけど私はそのところを親先生にもう本当に、もうその通りのことをこういう薬品を、こういうふうにして使わせて頂きますと、酒が悪くなりませんと。これは大体は法には適いませんけれども、どうぞそこんところをお繰り合わせ頂きますようにと言うて、御願いをした。だから私のことを、なるほど親先生がですね、もうその通り私の痛いところを、こう握っておられたということになるのです、親先生が。ね。
握っておられるという事が有り難かったです。そこから不思議なものが確かに通うたです。親先生も人には言われんだあれにも言われんことを、自分に打ち明けてくれるということが、私もそれをさせて頂かねば安心ができない。ね。それはほんなら私共が習ったそういう、その当時はそれをまあそれも本当に研究してからですね、そう言う様ないろんな商売の面でも、いわばしてはならないことをさして頂くに致しましても。
お取次ぎ願ったと。おかげを頂いてから、まあ、私は、警察には、引っ張られはしませんでしたけれどもですね。本当に今から考えますと、また今日のお話を頂いてからです。ああなるほど、お取次ぎ頂くということは、赤裸々でなければいけないと。私がもう十何年も前に頂きました御理解でしたけれども、言うならここ原理と同じことなんだ。ね。自分の本当に難儀の元である。
それを本当にお取次ぎ頂いてこそ、初めてスキッとするのだと。そのスキットする心は、真に有り難いに繋がるのだと。その心におかげを受けられるのだということでした。ね。例えば便所に行ってから、ま小便まるとに、前のほうば出さんというわけにはいかんじゃないですか。幾ら人の前にでも見せられんものでも。ね。なら大便所行ってからああた、もう発射するけんで尻もはぐらんちゃ、行きますまいもん。ね。
だからこそ小便にもいけれれば、大便も気持ち良う出来るのです。ね。私はこれはもう、私も親先生となんでん言いなさるけん、私はもうね、そのくらいのこつは言うたらこの人の為になると、言った様なこつなら言いますばってん、もこれはもう私がここ十五年間です、もう本当に私だけに言うてござる。これだけはということは、私は絶対お説教の中んでんもちろん話もしません、家族のもんでん私はしません。
いよいよのことそれは警察問題どん、これは自分の性格とそげなことも、皆さんありますよ。いうなら私のなんか色々握っているですよ。けれどもこれがねそれを例えば、お話しておかげを頂くことならば、そのためにね、ちった私はその人の前でしか話はしません。そう言う様な私はねこのことを、今日お説教頂きながら感じたんです。ね。
例えばほんなら、毎日お参りさせて頂いて、自分の心のなかでズーっとお願いしよるでも、ね。ただよろしく御願いしますというてるだけでも、おかげは受けておりますけれども、本当のおかげはやはり赤裸々なものでなからにゃ、神様にビリビリ通わないと私は思うのです。行徳先生のお話を、私共勝彦もそれを言うておりました。素晴らしいと。赤裸々なお話というものは素晴らしいと。ね。
それは胸を打つだけではなくて、その自分の心の中にです。通うてくる。私もそのことで大変おかげ受けたごとあります、今日は。ね。大体椛目の話は赤裸々ですもんね。私。秋永先生なんかは、特にそうです。秋永先生が、今、あげなこつしござるということが分かる、お話を聞きよると。というくらいにですね、やはりその、赤裸々であるということの、ま魅力というのではなくて、通うということ。
神様に、お取次ぎを願わせて頂くでもそうなんです。本気で私は神様にお取次ぎを願わせてもろうて、ね。自分の本当のおかげの受けられないその、癌と言った様なものをです。人には聞かれないと言った様な話でも、やはりお取次ぎを頂くときには、それがいえれるくらいな言うなら取次ぎ者は、取次ぎを願う者という事の上には、おかげ頂かれなければならんのじゃないだろうかと。
一つの改まりということでもです、自分の心のなかで改まらせて頂くための、御願いはしとるけれども、しかしこげな事まで言うたら、人はこげな改まらにゃならんものを、人は持っちゃなかじゃろ。誰でもですやっぱり持ってるから、かえって共感を呼ぶです、それのほうが。ね。神様とてもやはり同じこと。それだけはまってお取次ぎ願うなら、やはり、おかげ下さらんことはなかろうと。
ま今日は四十年の記念祭に、おかげを頂きましてのお祭りの、あちらのお祭りのゴヒレイですよねえ。本当に恐らくどこででもこの話だけは、なさったことはなかろうと思うです。私共がそれこそ全然知らん、ただ違反に掛かられたという話は聞いておりましたけれどもです。刑務所行きまでなさった話は、まあ監獄の中のことも十分今日は、聞かせてもらいましたんですけれどもね。
本当にそれを人の前に、人がやはり助かることのために、自分をさらけ出してから、皆もそういう中から一緒に、助かって行こうじゃないかというその気持ちが、ようくこちらに伝わってまいりました。私共も助かることが出来る。その御大祭のゴヒレイというわけでしょうね。おかげを頂いて参ったわけなんですけれども、その中からそんなことを強く、感じさせて頂いたのでございます。
どうぞ。